19.スイ族の水書
秦・漢王朝以降、嶺南や東海沿岸一帯に居住していたといわれるスイ族は、タイ語系民族・百越(ひゃくえつ)のなかの駱越(らくえつ)の一部が混血した集団であると考えられ、「水家苗」などと称されてきた。自称は「アイ・スイ」、「水辺の人」という意味。
現在は貴州省黔南ミャオ族プイ族自治州三都スイ族自治県を中心に約40万人(2000年)が居住している。三都スイ族自治県は、珠江に流れ込む西江支流・都柳江の上流に位置し、下流一帯
には同じタイ系の民族であるトン族が居住している。現在の居住地域に定着したのは宋代に入ってからのことで、「廖」「潘」「呉」などの姓を名乗る人々が多く、「蒙」姓をもつ貴族に統治されていたようである。スイ族が話すスイ語は、タイ語系のなかでも、タイ祖語の形を最もよく残しているといわれ、ル・スイ(水書)と呼ばれる固有の文字を持っている。水書は、漢字を上下または左右を逆転したような字体で構成されるが、語彙が300余りと少ない。日常的に使用されるものではなく、巫師(鬼師)が生死吉凶や八卦などの占卜用の祭文を読む宗教活動などのときに限定的に使用されるものである。古老を中心にスイ語を話す人々もいるが、若者は漢語・漢字を使用する人々が多い。これは、スイ族が居住する地域は河谷沿いの平坦地が中心で、比較的土地条件の良好な場所であることが多く、漢族などとの交流が以前から非常に盛んであったためと推定できる。
収集資料は、三都スイ族自治県のもの。

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