日本言語学会「危機言語」のページ

Last Updated: 2010-10-14

危機言語Q&A

もくじ

危機言語Q&A (改訂第4版)
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Q1 危機言語とは何ですか?

世界には、現在約7,000の言語が話されています。その約半数は話者数が6,000人以下の言語です(いわゆる少数民族語)。さらにその中に、話し手がごくわずかしか残っていない言語がおよそ450あることが知られています。これらの言語は、政治経済的・文化的に優勢な大言語に圧倒されたり、より勢力のある周囲の言語に圧迫されたりして、いま地球上から急速に消滅しつつあります。「危機言語」とは、存在自体が消滅の危機に瀕している、このような諸言語のことです。

Q2 なぜいま危機言語の問題が注目されているのですか?

危機言語の問題は、20世紀も終わりに近づいた1990年代から特に注目されはじめました。ある専門家は次のような予測を立てています:まず、21世紀のうちに、今話されている言語のうち20~50%が完全に話し手をなくして消滅します。残る40~75%の言語についても、しだいに子どもたちに話されなくなって危機言語の状態に陥る可能性があります。この予測によれば、今世紀末に「安泰」な言語は現在話されているうちのわずか5~10%、数にして300~600程度でしかないということになります。

この予測には、現在全地球規模で急速に進むグローバリゼーションの潮流が影響しています。言語の消滅は、歴史上たしかに繰り返し起こってきたことです。しかしグローバリゼーションの潮流はかつて人類が経験したことのない速度で、多くの危機言語を消滅へと追いやっています。ここに危機言語の問題が特にいま注目されている理由があります。危機言語の問題は、私たちに突きつけられたきわめて現代的な問題だと言えるでしょう。

Q3 言語が消滅することで、どんな問題が起こるのですか?

すべての問題をいま予測することはもちろん不可能ですが、少なくとも、人間の文化の認識と、人間の社会の維持にかかわる問題が起こることはほぼ確実です。

言語が人類数百万年の知的営みの結晶であることを認めるなら、ある言語が消滅することは、貴重な人類の遺産の一つが永遠に失われることを意味します。危機言語が次々に消滅していくような状況になってしまえば、私たちの人間文化・心性に対する認識は、その分だけ確実に失われていきます。なぜなら言語には、その言語を話す人々の文化―環境に対する個々の集団に特有な世界像と、それに結びついた、環境への適応戦略や価値観など―が刻印されているといえるからです。これが文化の認識にかかわる問題です。

また、言語は当の集団にとって、単なる伝達手段を超えて、自らのアイデンティティの証となっています。ある集団の話す言語が衰退・消滅していく状況と、その集団のアイデンティティが徐々に失われていく状況はしばしば平行します。つまり言語の消滅は、その言語を話す社会の維持そのものにかかわる大きな問題につながります。これが社会の維持にかかわる問題です。

Q4 言語学の研究に対してはどのような問題が起こるでしょうか?

言語学は経験科学ですから、得られたデータとの対決によって発展していくという特徴を持っています。したがってデータの質・量が貧弱になれば、言語学の発展にも赤信号が灯るでしょう。現在までの言語学の研究史を見れば分かるとおり、言語学は政治・経済・文化などの点で当時いわゆる「周辺」と見なされていた領域をフロンティアとし、そこに積極的にアプローチすることによって豊かな発展を遂げてきました。言語の類型や普遍文法といった大テーマの議論が現実のものになったのも、この発展があったためです。危機言語の多くについて十分な研究がされていないことを思うなら、危機言語の消滅は、そのまま言語学におけるフロンティアの消滅を意味すると考えられます。フロンティアを欠いたままに内部の理論的洗練をひたすら目指す道も可能ですが、それは言語学の魅力の、確実に半分を失わせる結果になるはずです。

Q5 言語の消滅を防ぐにはどうしたらよいですか?危機言語に対し、何かできることはありますか?

言語学者としてできる最大の仕事は、もちろん危機言語の分析・記述・記録を行うことです。この仕事は言語学者しかできないうえ、危機言語を話す当のコミュニティがほとんどの場合、言語学者に最も強く求めてくることだからです。具体的作業としては、現地に入り、そこの話し手や研究者と協力して音韻・文法や語彙の記述を行い、その言語のテキストを集めるということになります。ビデオカメラや録音機器によって、精度の高い生のデータを集めることも重要です。

ここからさらに一歩を進めて、言語学者みずからが危機言語の復興保持の方向に踏み出す道も開けています。つまり、現地コミュニティの要請に応え、危機言語を守るよう共に努力するということです。この中には多種多様な活動が含まれます。たとえば教材作りや言語教育といった言語学関連の仕事もあるし、現地コミュニティへの生活上の支援といったより一般的な仕事もあります。当然のことながら、このように広い領域にわたる活動は、志を同じくする一般市民と協力しながら行っていくものとなるでしょう。もちろん言語を復興保持するかどうかは、現地コミュニティの決定によるべきです。私たちのとるべき姿勢は、当の集団の自由な決定を尊重するためにも、まずその集団の言語に押し付けられている不利な圧力を軽減するということになるのではないでしょうか。

Q6 言語を消滅から守るために、世界ではどんな取り組みがなされているのですか?

1990年代から広く注目されるようになった危機言語の問題は、国際先住民年(1994~2004年)を機に世界的に取り上げられるようになりました。中でも特筆されるのは、ユネスコ総会(2001年)が文化の多様性を尊重する宣言を採択するとともに、この多様性こそ人類の共有財産であることをうたい、国連環境計画(UNEP)が「人間をとりまく環境や文化と密接にかかわる言語を失うことは自然の教科書を失うことだ」と警鐘を鳴らすに至ったことです。このような動きと平行して世界各地で危機言語に関する会議が開催され、その会議録が出版されています。日本人研究者もまた、2003年3月のユネスコ無形文化財局に新設された危機言語部門の活動のガイドライン作りに積極的に関与し、世界の危機言語研究者との協力関係を強めています。

Q7 日本言語学会では危機言語についてどんな取り組みをおこなっていますか?

日本言語学会「危機言語」小委員会は、1994年より日本言語学会の中に置かれた専門的な委員会で、2010年3月まで設置されました。小委員会の主な活動は、(1) 危機言語の研究者の育成と調査研究支援、(2) 危機言語関連のイベントの企画・運営、(3) 危機言語関連の情報の提供、でした。定期的に委員会を開催したほか、さまざまな活動を通して危機言語問題に取り組みました。その間の活動としては、「公開シンポジウム『危機に瀕した言語』」(1998)、「危機言語シンポジウム」(国立民族学博物館と共催、1999)、「危機言語・少数言語と言語学者の役割」(東京大学文学部附属文化交流研究施設東洋諸民族言語文化部門と共催、2000)、「シンポジウム『危機言語』」(日本言語学会主催、2004)などの開催、特定領域研究「環太平洋の言語」主催の国際シンポジウムを後援(2001)、日本言語学会におけるワークショップやポスター発表の主催などがあります。詳しい活動記録は「危機言語のページ」の記録をご覧下さい。

日本言語学会では、2010年度よりプロジェクトの形で、ホームページのコンテンツの拡充をはじめ危機言語に関する内外への啓蒙的活動をすすめていきます。プロジェクトの詳細は日本言語学会ホームページの 危機言語関係プロジェクト のページにて公開します。また、危機言語に関連する問い合わせ窓口として、2010年度より広報委員会に危機言語担当役員を置いています。お問い合わせはフォーム電子メールにて受けつけております。

First Created: 2003-11-27; Last Updated: 2010-10-14;
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