《卒業論文要旨》
田崎友里子
『文壇の中で果たすウィーンのカフェ機能』
 ウィーンでは音楽などとならび、カフェは有名で、カフェの中に住む都市とも言われている。カフェをよく利用していたと言われるウィーンの文学人たちにとってカフェがどのような存在であるのか、また、それらと比較して、日本の文学人たちにとってのカフェはどういう存在なのか、彼らの著書の中からその記述をもとに明らかにする。
 コーヒーは17世紀半頃伝来し、トルコ兵たちが「カーヴァ」と呼ばれる黒いスープのようなものを飲んでいるのをマジャール人が見たのが最初であると言われ、そこからヨーロッパ全土へと広がった。とくにウィーンは西洋キリスト教世界の東端にある都市で、バルカン世界と回教世界とは深く関わる交易の要であった。そして、カフェが最初に開業したのは1685年で、アルメニア人のヨハネス・ディオダートが、皇帝レオポルト1世から特権を与えられ、それからウィーン市の人口増加とともにその数を増やしていった。
 ウィーンのカフェではコーヒーは色、質、量の点で細かく分類されていて、それらにはウィーン独特の名称が付けられている。例えば、最も小さいサイズのカップは「ヌスシャーレ」というように、様々な言い方がある。ウィーンのカフェでは他の国にはない特徴的なものがあり、ビリヤード、チェス、新聞が備えられている。とくに新聞は必需品で、数も種類も豊富である。そして、コーヒーを注文すると1杯の水が出てくる。日本では当たり前だが、他のヨーロッパの国で水が出てくるところはない。
 ウィーンの文学人の作品の中から、シュテファン・ツヴァイクの『昨日の世界〜一ヨーロッパ人の回想』、ペーター・アルテンベルクの『カフェハウス』、アルフレート・ポルガーの『カフェ・ツェントラールの理論』、また、ハンス・ヴァイゲルやヴォルフガング・フッターのカフェについての記述をもとに考察すると、ウィーンの文学人たちにとって、カフェは、親しい人が周りにいて、無駄に干渉されず、自分の時間を自由に使え、自分を見つめ直すことができる存在であると言える。
 比較するため、日本のカフェがどういうものかを簡単に説明すると、ウィーンと似ている部分で、新聞雑誌やビリヤード、トランプなどがあったことがわかる。しかし、パンやお菓子などの軽食もあったことなど、ウィーンとは違う点もある。日本の文学人の作品の中からは、萩原朔太郎の『喫茶店にて』、寺田寅彦の『コーヒー哲学序説』、淀川長治の『喫茶店のこと』、植草甚一の『コーヒーのにおいほどの誘惑はほかにない』などのカフェについての記述や、日本の文学人が実際どのようにカフェを利用していたのかをもとに考察すると、主にコーヒーを飲むことを目的としてカフェに行っていて、以前はウィーンと同様にくつろいで過ごすことができたが、今日では難しくなっていると言える。  ウィーンの文学人たちにとってカフェは、自分の時間を自由に使え、自分自身と対話し、自分をよく知ることができる場所で、心のオアシスのような存在である。日本の文学人たちにとっては、主にコーヒーを飲むのを目的とする場所であるが、ウィーンと同様、自分自身と向き合える、精神的に安らぐ場所でもある。しかし、それができたのは以前までで、現在ではゆっくり過ごすことが難しいと言える。